『恋しくて』
受け取る人のない手紙を書くように
聴く人のない歌を歌うように
誰もいない森の中で一本の木が倒れるように
私は言葉を紡ぐ
難破した船が波に流されるように
遠退いてゆく意識を手繰るように
夢の跡を辿るように
言葉は糸になりゆく
もしそれが切れてしまったら
私は生きていないだろう
誰もいない
此処には
呼びたい名前がない
あったとして
それは抜け殻だ
誰にも響かないなら
それは無音だ
言葉を紡ぐ手を止める
さらさらと糸が消えてなくなる
失うのではなく亡くすのだ
恋しいひとよ
今は胸の奥底の墓の中だ
私は独り
細い糸を手繰り
手の中で消えゆくのを見る
もう
私は生きていない
墓もなく打ち捨てられた
誰もいないこの世界で