もう何年も打ち捨てられた空き地に今年も太陽の色を映したような菜の花が一面に咲き誇っていた。それを横目に急ぎ足で通り過ぎる。その先にはハクモクレンの木が見えていた。
以前なら足を止めてカメラを構えたものだったけど、今はそんな余裕はなくなった。あれから何度目の春だろう。カメラを鞄に入れる習慣はいつからか失ってしまった。
菜の花の黄色が目に焼きついていた。僕の瞼のシャッターで、1枚の写真を撮ったようだった。
花はいつでも心和ませるものだけど、春の花はそれまでの厳しい冬を越えたご褒美のように、じんわりと心に沁みた。
思い出すのは、そんな優しさに溢れる微笑みだった。
あなたは春の花。
道の端のタンポポのように、さりげなく側にいることに気づく。
今頃、何をしているのだろう───この青空を、そして青に映える黄色の花々を、見ているだろか。
それを知る術はないけど、あなたが好きだった花は今年も咲いている。そんな風に、どこかで生きているのだろう。そうだ、あなたはタンポポによく似ていた。だから今は、どこかで誰かと微笑んでいるのだろう。それが僕を和ませてくれる。
本当は───
あなたがいつか語っていた夢を、今も追いかけているのか知りたかった。僕もまだ忘れていない、あの頃の夢を。
不器用で不恰好な様で、追い続けている。
あなたが頑張っていると思うだけで、それは勇気になった。
今ふと、小さな菜の花畑を目の中で再生する。黄色に染まった街の一角は、脇目も振らずに早足で歩いて忘れていた季節の移ろいを教えてくれた。───本当に、どれほど時間が過ぎたのだろうか。あなたの微笑みは僕の瞳のカメラで捉えたあの頃のまま、時を止めている。
お互い頑張ろうね。
そんな小さな約束。
僕は今、あれからずいぶんと大人になって、夢なんて忘れそうになっている。それを思い出させてくれるのが、あなたの存在だった。
並んで歩いて、競って走って。
それぞれ別の道を往く。
その道は混じることなく、僕らはもう二度と会うことはない。
けれどあなたがどこかに生きている、それだけで僕は頑張れる気がするんだ。もう関わることもない、無二の親友。
目の前を猫が横切っていった。こちらを振り向いてニャオと一つ鳴いた。僕はそれも瞳のカメラで撮った。
急がなければ。駅前通りへの角を曲がり、これから乗る満員電車のことや、その後の出勤ルート、出社してからやるべきことなど考えた。
これが僕の精一杯のライフ。
もしあなたが瞳のカメラで僕を撮ったなら、何と言うだろう。
頑張っているよ、僕も。
またいつか出会って時を飛び越え、僕らは肩を並べているだろうか。
そんな風に、互いの瞳カメラで目の前の相手を撮れると良い。
夢想でしかないけど、そんなことはもうないと知っているけど。
春の白昼夢のようだった。
会社に着く頃には忘れているだろう。
それでこそ夢に向かって生きることだ。今をがむしゃらに生きている、そんな自分を少し好きになれる気がした。