We play these parlour games
We play at make believe
When we get to the part
where I say that I'm going to leave
Everybody loves a happy ending
but we don't even try
We go straight past pretending
To the part where everybody loves to cry

Indoor fireworks
Can still burn your fingers
Indoor fireworks
We swore we were as safe as houses
They're not so spectacular
They don't burn up in the sky
But they can dazzle or delight
Or bring a tear
When the smoke gets in your eyes









 夜の口笛は僕を憂鬱にさせる。
 不吉なものを呼ぶ感じが、背中にまわりこむような気がする。
 だがその時の口笛には耳を傾けたくなる調子があった。
 "Indoor Fireworks"だ。室内花火の代わりに、くわえた煙草から上る煙が目にしみた。
 誰が吹いているのだろう?
 窓から道路を見下ろすと、口笛の主がちょうど角を曲がるところだった。僕はそれを見送って、口笛の続きを歌いながらコーヒー豆を挽き始めた。
 すこし甘くしたコーヒーがおいしいと感じる。疲れているのだな、と思う。少し狭くなった床に、仰向けに転がった。天井も今は積み上げた段ボール箱の間で窮屈そうにしている。明日は引っ越しだ。この部屋に住んだのはたったの二年なのにずいぶん荷物が増えた。もう電話も使えないようにしてしまったので、明日までただぼんやりと過ごすだけだ。
「あっけないな」
 もぐら叩きのもぐらのように不屈の男だと思っていた親父の葬式から半月、家に戻るための準備に追われていた。
 だが過ぎてみれば何もかもあっけなく終わったと思える。退職も、半年つきあった恋人も、親父の死と同じように…
 僕は窓際の段ボールからレコードプレーヤーとアンプ、スピーカーを取り出してつなぎ直し、ドアの前の段ボールから抜き出したレコードをかけた。




   * * *




 口笛で同じフレーズを繰り返す。曲がり角の向こうから突然現れた犬を蹴飛ばしそうになった。私が「わっ」と言うのと同時に相手は「あ、」と小さく言った。見ると犬の首輪から紐が伸び、その端をつかんでいる人がいた。
「あ、」と再びその人物は言った。私は声もなく彼女を見た。
「久しぶり」
「うん」
 時間が一瞬にして二十年を遡る。私が彼女と出逢ったのは二十年前の四月、小学校の、五年一組の教室での事だった。ちょうどこんなふうに、教室のドアの所で出くわしたのだが、体が大きく元気が有り余っていた私と小柄で物静かな彼女との衝突であったから、彼女は後ろに倒れ込み机の角で額を切ってしまった。
 そんな出逢いのせいか、私はいつも彼女にはかなわないのだ。
 うまい言葉も見つからず、私は後退を始めた生え際を悟られぬよう胸を張った。
「立派になったわね」
 彼女の視線の先に私の太った腹があった。




   * * *




「音もなくゆっくりと崩れ落ちる瓦礫の、フィルムを逆回転するとバベルの塔が建つかもね」
 ビールの空き缶を握った手を前に伸ばして、ペコンと鳴らすときみはそう言った。ぐらぐらしたガードレールに腰掛けて揺れている。と、ビールを買った目の前の自販機が明かりを消した。
「未来の展望?」
 息が白く凍りながら流れた。駅前広場のイルミネーションが僕らの言葉を光らせる。赤と緑のリボンで飾られたツリーは樅の木ではないが、夜になればそんな事はあんまり関係なかった。
「そういうのは展望って言わないんじゃないの」
「何て言うの」
「……」
きみの答えを走り抜けたタクシーがかき消したが、僕は聞き返すことはしなかった。




   * * *




 犬が先を急ぐので、私はもと来た道を戻る格好で、彼女と並んで歩き出した。父の跡を継いで電気屋をやっており、昔と住所が変わっていない事、今夜は商店街の寄り合いがあった事、私たちの同級生たちのその後の事など、そんな話をするのがやっとだった。
 それに応える彼女は勤め先の事や今連れている犬の話をしていた。私は彼女の額の生え際の、あの傷痕を見下ろしていた。ほとんど目立たず、怪我の事を知らなければ気づかないだろう傷痕は、二十年を経てなお私には痛々しく見えた。彼女は私の知る中学生の頃まで前髪を下ろしていたので、傷がどんなふうになったのか知らなかった。
「あの時はごめんね」
 私がそう言うと彼女は何の事か判らないという顔をした。「これ」と私は自分の薄い額を指さした。
「やだ、まだ気にしてたの?」
と彼女は屈託なく笑った。
 これは、そう、あの時と同じだ。
 ふいに二人の周囲を学校の屋上のフェンスが取り囲んだような気がした。
 中学三年、受験を控えた冬の始めに、私たちは学校の屋上で今と同じ会話を交わしていたのを思い出した。そしてあの時私は、
「私ね」と彼女の声が私の追憶を遮った。
「結婚するの。来年の春」
 ああ、と私は今にも彼女の肩に触れようとしていた手をひっこめた。私はあの時も、誰かを思っている彼女に、自分の気持ちを伝えそびれてしまったのだった。




   * * *




 こういうのを刹那的快楽主義というのかもしれない。
 きみの思い切りの良さやうたうように話すところなんかを、僕はつねづねそう思っていた。どちらかと言えば楽しそうではなく、諦めの入った感じで雑多な物事を切り捨てた身軽さだ。スレンダーな人生と言えなくもないが、少し栄養失調なんじゃないかと思う。
 勿論、そんな感傷をきみは寄せつけはしないし、だから僕も安心してきみの横にいる。それはエゴというものがいかにはた迷惑なものかという、現代のすきま風が吹き込む穴の前に僕らが立っており動けずにいる、そんな気色の悪い連帯感が少し楽しいからなんだろう。
 きみは販売中止のランプを点す自販機脇のごみ箱に狙いを定めて空き缶を投げた。
 缶は惜しくもごみ箱の角に当たって地面に転がった。きみはそれを拾い上げると元の位置に戻り、また缶を投げた。何度か繰り返したが缶はごみ箱に入らない。ついにきみは拾った缶を僕の目の前に差し出した。
「はい」
「え?」
 僕が投げろということなんだろう。僕は缶を受け取って軽く放り投げた。缶はストンとごみ箱に落ちた。
「すごい!すごいすごい!」
 拍手喝采。そんなきみを、犬に引かれた二人連れが笑みを浮かべて眺めながら通り過ぎた。




   * * *




「懐かしいね、あんな感じ」
 彼女は缶をごみ箱めがけて投げる若い男女を軽く振り返りながら言った。
「むきになったりおかしかったりが五割り増しくらいで、忙しかった」
「そう?」
「そうよ。自分のペースをつかんだのって、この数年のような気がする。でも」と彼女が手にした紐を軽く上げて示しながら「こんなふうにひっぱられた時がなかったら、見えなかったものが多かったでしょうね、きっと」
 私は犬を見た。散歩が楽しくて先を急ぐ感じが、あの多感な年頃特有の『きっと』という未来の展望を思わせてほほえましかった。
 駅前広場から線路沿いに歩いて、やかましく鳴り始めた踏切の前で立ち止まった。彼女の家はこの踏切の向こうにある。私はここから引き返すことにした。
「すっかり遠回りさせちゃって」
「いや、いい運動になった」
 彼女はふふと笑った。
「あなたのおかげだと思う」
「何が」
「子供の頃、あなたがいたから、私は自分を見つけられたと思う」
 驚いて何も言えない私に、彼女は言った。「ありがとう」
 続けて彼女が、私も、口を開いた。
「……」
「……」
 私たちの声は急行列車の轟音にかき消された。




   * * *




 きみは再びガードレールに腰掛けると、道路に投げ出してあったデパートの大きな袋をがさがさと探った。「どれがいい?」
 僕は首を伸ばして袋を覗き込んだ。大小様々な緑の箱には、木製やプラスティック製のクリスマスオーナメントが詰まっていた。
「くれるの?」
「買いすぎたぁ」
 大笑いした。「だってどれもきれいだったんだもん」と言いながら、箱を歩道に並べ始めた。
「これ全部吊るしたらすごいだろうね」
「すぺくたくる」
 豊かな実りのようなオーナメントはツリーのEVERGREENに相応しいと思った。僕は小さい箱のをひとつ手にして、サンキュ、と言った。
「あとこれも」ときみは室内花火の袋を差し出した。受け取る僕の口から皮肉がこぼれた。
「気合い入ってるね」
「そりゃ、イベントですから」
「きみらしくないよ」
 本音だった。きみは困った類の子供を前にしたお姉さんの顔をした。
「今、私らしくないのが楽しくてしょうがないの」
 そうだった。でも、僕にはそれが切なかったんだよ。
「Indoor Fireworksって歌知ってる?室内花火は地味だし空にも上がらない。そんなささやかな火だけど、目をくらませたり、なんか嬉しかったり、煙が目にしみて泣けちゃうんだ」
 きみはまっすぐに僕を見た。僕もまっすぐに見返して続けた。
「ちょっとのことが案外すごいってこと」
 少しの間があって、きみが「わかった」と笑顔を見せた。
 きみはこれから、彼と過ごす時間のために、部屋中を赤と緑に飾るんだろう。僕はもう二度ときみに会うことはないだろう。袋を開けて花火の一本に火を点けると、僕は腕を大きく伸ばしてそれを僕らの頭上にかざした。
「やどり木」




   * * *




 いつのまにか眠っていたようだ。気づくと僕は床に転がっていて、レコードはプツプツという音とともに演奏を終えるところだった。目覚める瞬間に聞いたと思ったノックの音はこれだったんだろうか。起きあがってドアを見つめ、息を殺して耳をそばだてた。
 何も聴こえない。
 しんと静まり返った夜の空気はひんやりと忍び寄ってくる。
 何気なく目を閉じると、何か聴こえるような気がした。
 誰も居ない深い森の奥で大木が倒れた時、その音を聞くものが誰一人としていなかったら、その音はしなかった事になるのか、という話を思い出す。そんなふうに聞くものが居なかった音、届かなかった声のかすかな震えを伝えるような空気だった。
 誰も聴いていなくても、音は音で存在するだろう。空気がそれを知っている。
 今僕が何をしているのか誰も知らなくても僕が存在するように。
 僕は小さな声で歌った。
 聴く人がいなくても、歌はここにある。




 僕はここにいる。

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