昨日とは一転、朝の空は雲に覆われていた。今日はいよいよ生徒会選挙の日だ。暗雲立ち込め…魔物が集まりつつあると神の言う、礼冠学園の将来を予言しているかのようだった。考え過ぎか、と思いながら、リュックにレインコートを入れて出かけた。
 学校に着くと、教室は騒がしかった。昼まで自習だから仕方ないが、クラスメイト達の話題の中心は生徒会長候補、小山内学と御門正之の対決だった。書記や会計などはまともな演説をした、意欲のある生徒に投票しようと思っていたが、生徒会長はとなると、昨日の目の不自由な人との事が鍵になっていて、皆の意見は二分していた。
 御門が生徒会長になれば、学園生活が窮屈になる。しかし嘘をついた小山内は信用できない。
 どちらに投票するかで、皆迷っていたのだ。
「なあ、八神はどうする?参考までに」
と友部に訊かれて、僕は「小山内にするよ」と答えた。
「えーっ!なんで!おまえ、利用されたんだぞ」
「あんなの、小学生がつくような嘘だろ。小山内は一年書記を務めた実績もあるし、気に食わなくてもデキる奴だって事はわかってる。それに、御門が会長になったら校則の締めつけが厳しくなるよ」
「確かに…。俺も小山内にしようかな」
「ご参考までに。だろ?」
 笑いながらも、投票を誘導したようで気が引けたが───言った事は全部本音だった。一晩寝てみたら、小山内の嘘など取るに足らない事だと思えたのだ。成績だって常に首位に立っているし、気に食わないけどデキる奴、と認めざるを得なかった。同じ考えの人が多ければいいけど……梶の言う、『御門の負の魔力』がどの程度のものなのか、予測はできなかった。
 友部と連れ立って投票に行く事にした。途中、廊下でバスケ部の連中とも一緒になり、体育館へ着くと、入り口には受付に行列ができていた。
 佳純が二年生の受付を担当していた。クラスと名前を確認し、手元の名簿にチェックを付ける。それから投票用紙が渡されるのだ。「二年B組、八神陽一くん」と笑みを浮かべて印をつける佳純が照れているのがわかった。投票用紙を受け取って、順路を進むと記入する台が点々と置かれている。用紙には候補者の名前が印刷してあり、投票したい人の名前の上に印をつけるようになっている。僕はもう投票する人を決めていたので、サッと印をつけた。書記、会計、副会長とまで印をつけ、会長候補の小山内の名前を見ると、本当にこれでいいのだろうか───という気になった。
 待てよ。この迷いがもしかしたら御門の魔力───
 僕は小山内の名前の上に印をつけて、すぐさま投票箱に向かった。選管委員が箱を見守っている。投票用紙の差込口からストンと紙を落として、また順路に従い、体育館を出た。友部を待つ。
 戻って来た友部に「結局どっちにした?」と訊くと、
「いざとなったら迷ってさ」
と、僕と同じだった事を確かめた。「小山内にしたよ」と言われてホッとした。
 バスケ部の連中もいざ会長を選ぶとなると迷ったそうで、御門に投票した奴もいた。
「御門は堅物だけどチャラ男の小山内より真面目に生徒会に取り組んでくれそう」という意見だった。バスケ部と僕、合わせてみると、投票は真っ二つに分かれていた。
 なるほど、神様にも予測がつかないわけだ……
 御門の魔力のせいならなおさら。
 しかし御門の魔力は投票を迷わせる事はできても、御門に確実に票を入れさせる事はできないようだった。神様が『あくまでも生徒の意思である』と言った通りだった。
 教室に戻ると、席に着いていた飯綱が「八神くん」と呼んだ。
「佳純が開票前の昼休みにここに戻ってくるから」
「あ、そうなの?」そんな事も知らなかった。彼氏として本人から聞いておくべきだったと思った。
「バイト、夕方からでしょ。開票が終わるまで待てないと思うから…お弁当くらい一緒に食べてあげて」
「わかった。ありがと、飯綱さん」
「うん」と飯綱は持っていた読みかけの本に目を戻した。もう僕に関心はありませんよ、という雰囲気。飯綱はこのクールな雰囲気が密かに男子の間で人気である。いつも佳純と一緒だから余計に目立つのだろう。佳純や僕に気を遣ってくれて、実は優しいんだな、と思った。昨日の梶に対してもそうだったし───
 友部が机をこちらに向けて「今日は俺で我慢して付き合ってくれよ」と参考書を取り出した。
 そういえば友部は部活に力を入れているのに成績は良い。「部活する時間くらい、あるだろ?」と訊かれたのを思い出した。ちゃんと勉強もしてるんだな……。部活との両立は難しいが、バイトがなければ僕にもできたろうか、と考えた。
「自習時間に真面目に勉強するなんて、俺たちだけじゃね?」
「俺はバスケの推薦枠で私大行きたいんだけど、成績悪くちゃそれも無理だからさ」
「なるほど…」
 友部は大学で何をやりたいかももう決めている。なんとなくだけど将来的に大学は出ておいた方がいい、という単純な考えを恥じた。
「おまえはいいな、やりたい事決まってて」
「八神もまたバスケやれよ」
「大学でこの身長じゃ通用しないよ」
「わかんねえよ?俺と試合する事もあるかもしれない」
 そうなったらどんなに嬉しいだろう。僕もバスケは好きだ。だが大学では通用しないというのは、予想ではなく現実だ。
 やりたい事───今は勉強とバイトで手一杯だ。大学でやりたい事なんて想像もつかなかった。
 今なら───
 ふっと佳純の笑顔が脳裏に浮かんだ。ちょっと拗ねた横顔も。赤面して「バカ」と怒る顔も。
 佳純をもっと、笑顔にしたい。
「何にやけてんだよ、八神」
「え?」
「どうせ天ヶ瀬のこと考えてたんだろ」
 図星をさされて、僕は「あ、いや、そんな」と慌てた。友部は「健全な男子高校生ってことだよ」と笑った。
「そう言うおまえはどうなんだよ。一年ですぐレギュラーになって、試合でも女子が『友部くーん』って応援してたろ。モテてるんじゃないの?」
「俺はバスケに集中したいの。彼女なんて作ってる暇ねえよ。なんてな。正直言えば、八神がうらやましいよ。ハハ」
「お互い、ないものねだりだな…」
「だな」
 顔を見合わせてクッと笑った。
「さて、明日までの宿題やっちまおうぜ」
「おう」
 自習であるから、一応各教科のプリントが一枚ずつ、課題として出されていた。僕と友部は無言で問題を解いていった。時に、僕からわからない所を友部に訊く。明日提出できれば良いので、真面目にプリントに取り組んでいる生徒は少なかった。
「これか?ここは…俺もわかんねえな。梶さん、」
と、不意に友部は隣の梶に話しかけた。
「ここ、教えてくれない?」
「え…」と梶が固まった。
 僕も驚いた。友部なりにボッチの梶を気遣っているのだろうか。席を立ってプリントを梶の机の上に置く。「ここなんだけど」とペンの先で突っついた。
「あ、こ、これは…」と梶もシャープペンを走らせる。僕も椅子ごと梶の隣に移動した。
「あー、そういうことか」と友部は笑って、「ありがと、梶さん」と笑顔を向けた。
 イケメンの爽やかな笑顔に、梶は真っ赤になって俯き、「いえ…」と言ったきり動かなくなってしまった。───友部、罪な奴。
 四時間目終了のチャイムが鳴った。投票の済んだ生徒たちは、やっと解放される、と鞄を手に教室を出て行く。友部も「また明日」と帰っていった。体育館は開票に使うため、部活も今日は休みだ。飯綱も読んでいた本を鞄にしまって、席を立ったので、「あれ?飯綱さん帰るの?」と何気なく訊いた。すると「八神くん、もしかしてバカ?」と睨まれた。
「前に言ったでしょう?少しでも八神くんといたい佳純の気持ち、わかってあげてって」
「あ、ああ…」
「いつも私も一緒なの、不本意なんだからね。教室で二人なのは佳純が恥ずかしがるから一緒にいるけど」
「う、うん…」
「今日くらい、二人で食べてよ。じゃ、私帰るから。梶さん、駅まで一緒に帰ろう?」
「え?」と梶はまた固まる。飯綱は梶の腕を取ってからめ、引っ張りながら「また明日」と去っていった。
 入れ替わりに佳純が教室に戻ってきた。
「どうしたの?和歌子、梶さんと一緒だったけど」
「さあ、どうだろうね」
 僕と佳純を二人にしようと飯綱が気を遣ったということは黙っておこうと思った。そのつもりで飯綱は急いでいたのだから。
「なんか久しぶりだね。二人でごはん。塩サバサンド以来かな」
「うん」と頷く佳純が頬を染めた。そうだ、塩サバサンドを食べていた時だったんだ───佳純の告白は。僕も顔が熱くなるのがわかった。
 気づくと教室はがらんとして二人きりだった。この前から考えていた事を言うなら今だ。
「あのさ…今度の日曜、バイト休みだから…どこか…行かない…?」
「え?」佳純の弁当箱の包みを持つ手が宙に浮いた。
「その…」
 デート、という言葉が喉に引っかかって出ない。
「二人で…佳純の行きたい所。テーマパークでも映画でも水族館でも、どこでもいいよ」
 弁当箱を持ったまま、目を見開いて僕を見る。その視線に耐えかねて横を向いた。照れくさい。……と、佳純のぼそりとした小声がした。
「こっち見て話せよ…大事な話だろ…」
 ゆっくりと振り向くと、顎を引いた上目遣いで佳純が僕を見ていた。耳まで真っ赤だ。ああ、そうだ───僕はこの恥ずかしがりの女の子が、僕ときちんと向き合おうとしているのを、ちゃんと応えて見なくちゃいけない。互いに照れながら、少しずつ。
「ごめん」と謝ると佳純は「うん」と短い返事をして、弁当箱の包みを開けた。そぼろ飯に筑前煮、ポテサラ。「いただきます」と手を合わせた。一口食べて、「うん、旨い」と自然に声が出る。気取りのない、素朴な味わいは、『おふくろの味』という言葉を連想させた。僕には『おふくろの味』の記憶がない。七歳までは食べていた筈なのに……母に出て行かれたという思いが忘れさせたのかもしれなかった。
「毎日、大変じゃない?お弁当作るの。早起きするんでしょ」
「前の晩に下ごしらえしておくし…お母さんも手伝ってくれるから、そんなでもないよ」
「でも、嬉しいよ。家庭の味ってこんなんだろうなって」
と言うと、佳純はまたかあっと赤くなった。
「今度…」と言いかけて、「なあに?」と聞き返すと、
「…また、ごはん作りに行っても…いい…?」
「え?」
「…デート…出かけると…陽一くん、休めないでしょ…?たまの休みくらい、ゆっくりして欲しいから…」
 知らずふっと笑いが洩れた。「こら」と佳純の頭の上に手のひらを置いた。
「それじゃお弁当のお礼にならないでしょ。気持ちは嬉しいけど」
「お礼なんてそんな…」
「お礼させてよ。俺の気が済まないよ」
と微笑むと、佳純は頬を染めたまま俯いた。僕は手を佳純から離して、「大事な話」と言うと佳純が顔を上げて僕を見た。
「じゃあ折衷案で、映画見てカフェにでも行って、それからうちで夕飯作ってもらうってどう?」
「…うん」
 そう答える佳純の笑顔がとても嬉しそうに見えた。




 選挙の開票が始まってから、バイトの時間まで図書室で自習していた。つまづいた問題は今度佳純に訊こうと思って教科書に付箋を貼ったら、結構な枚数になった。
 ダメだな、俺……全然、佳純と釣り合わない。いつか小山内に「似合わない」と言われたのを思い出す。
 ───後悔させない、と僕が言ったんだ。今頑張らなきゃ、いつ頑張るんだ。
 悔しさで時間の経つのを忘れていた。バイトの時間が間近に迫って、僕は慌てて図書室を飛び出した。体育館には煌々と明かりが灯っている。まだ、開票終わらないのか……心の中で、佳純、行ってくるよと呟いた。
 通用口から店に入る。「おはようございます」と言いながら、窓の外を見ると薄暗い。朝でもないのにこの挨拶が最初は不思議だったが、他のバイトさんが「おはようございます」と返してくれるので、割とすぐに慣れた。制服のシャツに着替え、店に出る。今日は礼冠の生徒の姿もなかった。夕方からは弁当がよく売れる。僕は裏から弁当を詰めたカゴを抱えて棚の前に立ち、商品の補充をしていた。それから店内をぐるりと回って戻ろうとした時、菓子売り場に小さな男の子が食玩を見つめて立っているのが見えた。
 ───親は一緒じゃないのかな?
 僕は菓子の売れ行きを見ておこう、とその子に近づいた。その子は僕など眼中にないといった感じで、戦隊ヒーローの食玩をただじっと見ていた。
 と、その子は食玩に手を伸ばした。スッと菓子の箱をすり抜ける手。
 まさか、と思って店の奥に駆け込み、防犯カメラのモニターを見た。
 菓子売り場には誰もいなかった。
 もう一度売り場に戻ると、やっぱり男の子はそこにいる。
 幽霊だ、と確信して僕はトイレに入ってみた。
「便所紙、あの子は幽霊?」
 紙が一枚、はらりと落ちて来た。
『そうだ』
「なんでもう死んでるんだよ。予定を知らせるんじゃなかったのか?」
『前に言ったろう。おまえには既に亡くなった霊を担当させると。最近、生きているうちに会う死亡予定者が続いたが、基本的におまえが手出しできそうな死亡予定者には会わせないことになっている』
「……」
『これは私の、いや、天からの情けだ。神々の温情だと思え』
 温情───また僕が助けようとするから?
 僕はその紙を読み返して流した。
 『私の』ってあったな……神々の、というより便所紙が神々を納得させてかけてくれた『温情』に思えた。
 ───まず、あの子をどうするかだ。
 浮遊霊であることは確かだ。天界に送るには───
 スマホは店の奥のロッカーの中だ。鎌田さんに相談したいが、スタッフの耳のある所で話をするのは難しい。嘘をついて今日は仕事から上がるのが良いけど、嘘なんてこれっぽっちも思いつかない。聡子おばあさんの時は鎌田さんの誘導があったから嘘をつけたのだ。
 コンコン、とトイレのドアをノックする音。「八神くん?」と店長の声だ。
「はい、すみません。すぐ出ます」
 習慣的に水を流してトイレを出ると、店長が心配そうに尋ねた。
「大丈夫?お腹壊した?顔色も良くないよ」
「あー…」僕は曖昧に答えた。「ちょっと…」
「毎日遅くまで頑張ってるから。今日は上がっていいよ」
 ───なんと。嘘をつくまでもなく帰って良いことになってしまった。
「すみません。明日はちゃんと最後まで居ます」
「お大事に。無理しなくていいよ」
 ありがとうございます、と頭を下げて奥に引っ込み、着替えて店に戻ると、男の子が居なかった。どこへ行ったんだろう?と思った時、店の外から「ママ!ママー!」と叫ぶ声がした。
 店の入り口の前でその子は泣いていた。
 僕は食玩を1つ取って急いでレジに向かった。「八神くん、こういうの好きなの?」と先輩が言う。会計をしながら「まあ、割と好きです」と答え、男の子が居なくならないことを願って焦った。
 カオルの時にも僕の手からならニット帽を渡せたから……
 外に出て、カウンターの向こうの先輩たちがこちらを見てないのを確認して、「ねえボク、迷子?」と声をかけてみた。
 男の子は僕を振り向いた。驚いたようだった。亡くなってからどれほど───誰とも会話できずにいたのか。
「ママは?」と訊くと、
「ボクがお菓子見てたら、いなくなっちゃったの。ずっとママのそばにいたのに、ママはボクが見えないの。だから置いてかれちゃったの」
「おうちはどこだかわかる?」と僕は腰を落として目線を男の子に合わせた。その子は首を横に振り、涙をポロポロとこぼした。
「これ」
と、僕はその子の手を取って食玩を持たせた。───やっぱり、僕を通じてなら触れる。
「名前は?」
「翔太」
「翔太くんか、良い名前だね。お兄さんと一緒に行こうか」
「いらない!」と翔太は僕に食玩の箱を押し付けた。
「知らない人からもらっちゃいけない、ってママが言ってたもん。ゆうかいはんだって。お兄さん、はんにんでしょ」
「犯人って?」僕は苦笑した。
「悪い人」
 なるほど、しっかりしつけられているんだな、と感心した。
「お兄さんはね、誘拐犯じゃないよ。天国のお仕事のお手伝いをしてるんだ。だから翔太くんだって見えるんだよ?こうやって、手を繋げるんだよ」
 そう言って手を繋いで見せた。
「天国?」と翔太はやや食いつき気味に訊いてきた。
「そう、天国に行く人を入り口まで連れて行くのが僕のお仕事なんだ」
「ママが言ってた。おじいちゃんは死んでお星様になったんだって。死んだらお星様になるんでしょ?天国で」
「うーん…」僕はうまい嘘がつけない。「お兄さんは天国に行ったことないからわからないけど…」
 とりあえず、移動しよう。店の前でずっとしゃがんでいたら怪しまれると思った。食玩の箱を翔太に持たせて、手を繋いだまま、会話が途切れないよう必死に考えながら歩いた。
「もしもね、お兄さんが死んだら、きっと翔太くんみたいに、大好きな人のそばにずっといたいと思うんだ。だけどね、ずっとこの世にいたら、悪い霊になってしまうから……そうしたら、大好きな人たちが、悲しむと思うんだ。だから天国へ行って、生まれ変わるか、お星様になれるか選べるなら、お星様になることを選ぶよ。そうして毎晩、夜空から……昼間の星の見えない時間もね、大好きなみんなを、見ていたいって思う。翔太くんと同じだね」
 気づくと僕は微笑んでいた。自転車をコンビニに置いてきてしまったことに気づいたのは、氷川神社の鳥居が見えた頃だった。───今は翔太が優先だ。自転車なんて、後で取りに行けばいい。
「…ボク、死んだの…?」
と言う声が驚きを含んで萎んだ。やはり、自覚はなかったようだ。僕は「そうだよ」と足を止め───信号は赤だ───翔太の顔を見下ろした。
「おじいちゃんと同じに、翔太くんは死んだんだ。だから天国へ行かなきゃいけないんだよ」
 ───天国。
 それは、見たこともないが……僕にわかるのは、人の生死を事務的に取り扱う場所だということだ。
 幼い翔太に、そんな酷なことは言いたくなかった。
 信号が青に変わり、神社に向かって歩き出す。
「…おじいちゃんは、翔太くんのことをちゃんと見てるよ。今、天国で待ってるよ、きっと…」
「おじいちゃんに会える?」
「うん。きっと会える」
 嘘だ、と思いながら答えた。これは罪なのか、望みなのか、振り子のように揺れる思いだった。
 僕は胸ポケットからお札を取り出した。夕暮れの境内で、光を放つそれは目立つ気がして、お社の裏手に回って天界へのドアを呼び出した。
 翔太の魂が、右から左へと流されるのは嫌だ。
 僕はリュックから筆入れを取り出し、サインペンを翔太に渡した。
「これは天国へ行くためのお守りだよ。ここに、」とお札を裏返した。
「神様へのお願いを書いて持って行って。…字、書ける?」
「書けるよ。もう年長さんだもん」
「そうか」
 翔太はペンのキャップを取り、ゆっくりと願い事を書いた。
『ぼくは おほしさまに なりたいです』
「…上手に書けたね」と翔太の頭を撫でた。目頭が熱くなった。
 生まれ変わるより、大好きなママを見守ることを選んだ翔太。
 神よ、どうかこの子の願いに気づいてください。
 ドアを開けると眩しい光に包まれた。
「お兄さん、お菓子ありがとう。ボクが天国へ行ったら、ママも喜ぶんだよね?」
「そうだよ」と手を振った。
 それだけは真実だった。閉めたドアが消えると、堪えていた涙がひとすじ、つーっと流れ落ちた。