・左回りの散策・
記憶のための記録




1998年度版アトガキ
『左回り』発表後、数日間だけ公開していたもの。少々訂正を加えました(2000年)

【記録】
 構想1日。執筆21日。207枚。
 これまでの最長作品の執筆1か月120枚をはるかに上回るスピード。
 K曰く「ぴーー(自主規制)状態」。ちょっと悲しかったぞ、K。


【タイトル】
『左回りのリトル』というタイトルを決めたのは、1ページ目を書き上げてから。
 その時はただ漠然と、一見した時の意味不明さや「リトル」と耳にした時のやわらかさが気に入って決めた。それを絵のタイトルにするとは思っていなかった。その時点で空木秀二はまだいなかったのだ。舞台の画材店というのも、ただ私が書きやすかっただけで(ガソリンスタンドやマクドナルドの内部なんて知らないし)、「絵」がこの物語の軸になるとは、考えてもみなかった。


【舞台】
 私は画材店に勤めた事がないので、すべて想像で書いた。
 幸いファッションビルで働いた経験があったのと、実家が店をやっているのとで、店の様子は苦労せずに書けた。店と本社の関係も、その時の経験が役立った。でも私のいた会社は円満だったと書いておこう。
 学校の描写がほとんどないのも、知らないから書けなかったというのが正直な所だ。


【登場人物】

・野宮柾・
 私の考え方や行動パターンをそのまま受け継いでいる。自分から積極的に動くという事が少ないのはそのせいだなんて、ちょっとなさけない。
 「みや」という音は猫を思わせて好き。野宮、も猫の鳴き声に近づけた結果。
 名前は基本的に直感でつける。柾というのも「おまえはまさきって感じだな」と、好きな字を当てた。

・空木梢子・
 もっと突っ込んで描くべきだったとも思うが、あまりにも喋らず、動かない、自己主張をしない性格なので書きにくかった。あれが限界だ。
 空木、という苗字をつけた時点で有頂天になっていたので、守屋氏が呼びかけるまで名前を考えてなかった。「親父が秀二だから娘はしょうこだろう」とどういう経路かわからない付け方。一歩間違うとガラス(硝子)になる字面も気に入っている。

・山崎隆之・
 かなり気に入っている。自信とそれを裏付ける行動力のある人間を一人は出すようにしている。それは私にはない物なので、主人公も持っていない事が多いからだ。山崎は『左回り』のムードメーカーでもあって、書いていて楽しかった。
 ヤマザキのカレーパンをあたためて食べるのが好き。山崎邦正が好き。ゆえに山崎。
 隆之という名は、父親が隆一郎だから、と葉書だけの父親のせいで決まった。主要キャラなのに。普通逆じゃないか?

・及川美久・
 影に徹してもらった。本当は河野とどんなやりとりがあったかも追求したかったが、本人より「野宮の中の美久」の方が『左回り』には重要だった。
 野宮と美久の話でも書いてみたいものだが、どうせ破綻するし、いっかー。(苦笑)

・河野裕一・
 私の6年前の作品から6歳成長して登場した。その作品での河野は『左回り』における山崎と同じ位置にいる。河野も一癖のある人間だが、山崎がいるのでそこまでは書かなかった。
 河野と美久の話でも書いてみたいものだが、つまらなそうだからいっかー。(自滅)

・逢坂仁史・
 河野と同じく他の作品にも何度か登場している、私にとっては馴染み深い人間。こういう形で作品どうしを絡ませるのが好きだ。私の作品をじっくり読んでいる方だけにわかるお楽しみという事で。

・高畠深介・
 今回一番おいしい役回りだったのではないだろうか。渋い存在ではあるが、所詮、山崎の師匠であった。(苦笑)

・空木秀二・
 故人なので、私の頭の中でも姿がない。ただ絵があるのみで、どんな人間かわからない。しかしとても存在感の大きな人物でもあった。


【店長と丸山さん】
 試験最終日、やむなく店に顔を出した野宮。店にいたのは店長と丸山さん。
 この二人、出番が少ないせいか、ここぞとばかり喋る喋る。とうとう漫才を始めてしまった。内容としては、若者たち(野宮、山崎、空)の苦悩をあたたかく見守る大人の存在をアピールする意味で、あってもよかった。
 しかし、漫才としてはおもしろくないので削除(鬼)。
 こんな事が何回あったかわからない。店長の留守が多かったのはこうして出番が削られていたのだ。


【水からの飛翔な映画】
 野宮が『水からの飛翔』から思い出した映画は『奇跡の山』。
 中江有里が演じる主人公が湖面に漂う母親の亡骸を見つける場面を、野宮が思い出すと同時に私も思い出した。


【逢坂は××】
 待ち合わせて空の部屋へ絵を見に行った三人だったが、最初は山崎が逢坂を呼び出すという設定だった。「いきなり呼んで大丈夫?」と問われて山崎は
「大丈夫、あいつ俺に惚れてるから」
 山崎なりの友情の表現だったのだが、勘違いした空が逢坂に「逢坂さんって同性愛者なんですか?」と真面目に尋ねてしまった。逢坂ならどう答えるだろう…
「そうですよ」
 あっさり答えてみた。はまっている。(爆)
 ちょっと待てよ、奴は確か最初に出て来た時にも、山崎に「顔が見たくなった」と言った。しかもかいがいしく掃除したりお茶いれたり、朝食まで作って、それ系の人と言えなくもない。これはこれでおもしろいぞ。にゃはははは。
 …おもしろいだけだったのでやめた。(謎)
「約束があるから」と出かけていったのはデートだ。彼女いるんですよ一応。


【巨匠、高畠深介】
 名前だけのつもりだったので、後からどんな人かと考えてみた。
 野宮が空の部屋を訪れると先客として居た、という設定。野宮が見たものは…
 正座してのほほん茶を飲みながら海苔シャケ弁当を食っている高畠の姿だった。
 ろくに食事をとらない空を心配して、弁当を土産に遊びに来ていたのだ。(涙)
 そして野宮を見て「空の彼氏?」アクセントは後ろ。(号泣)
 私の中では、高畠は最初からこうだった。それは本編に多大な影響を与える事になると判断し、一旦は登場を遠慮してもらったが、最終的にボケのエピソードとともに書けてよかった。(そうか?)


【7年】

 『左回り』は7年の間に書き散らしてきた物の集大成になった。要するに同じ話しか書けないんじゃないか、と思うとがっくりする。

 『水滴の国』『時の卵』『失明』(未発表)で「強烈な存在感とそれへの渇望、それによる痛み」に迫る試みを繰り返し、段階を踏んできた。作品はその時の自問への回答として生まれてきたのだが、『ラジオノイズ』で得た「時間」という鍵が開いた扉の向こうに『左回りのリトル』があった、というのが書いている時の実感だった。

 逢坂が言った「個人の記憶と視線の中に漂う存在」その存在意義を問う。私の回答は野宮が語った通りだ。

Feb. 17, 1998



2000年度版アトガキ

 皆様どうも。
 ARLに過去の作品を再掲載するにあたり、全作品を改めて読み返しました(未発表及び掲載を取り下げた作品もあります)。そうしてこの『左回りのリトル』を最後にしたのは、私が書いてきた八年間を象徴する作品だと思われたからです。

 私は自分を『書き手』と言っています。
 アマチュアとしても『作家(小説家)』とは思っていないんですね。それは私が常に「書かせてもらっている」あるいは「書かされている」と感じているからで、98年の別の記録によれば、
「私の綴る言葉は常に、私から生まれるように見えて、実は私の周囲にあるものを私が言葉に変換しているのに過ぎない」
ということになります。
 だから私は自分を『創作者』と言うよりも、『記録する者』と考えていて、『書き手』と名乗っています。

 そうした私の『書き手としての気持ち』を、この『左回り』は色濃く反映した作品になりました。空木秀二という画家がそれです。
 と同時にですね、書いているということに、これほど感謝したことはなかったんですよ。書き手としての意識を新たにした、次なる出発点でもありました。

二年前を振り返りながら
May. 28, 2000




2021年度版アトガキ

【ご挨拶】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回、エブリスタで改めて発表するにあたり、現代版に書き直しをしました。元の作品はまだスマホもなく、若者の携帯電話所持率も低かった頃です。人々のライフスタイルが大きく変わろうとしていた時代でした。
現代版ではその辺り、生活面での描写を主に変更しましたが、彼らの『心情』はそのままです。 23年経っても変わらないものがあるのが、作者としては嬉しい気がします。

【快獣ブースカ】
ブースカの歴史を紐解くと、世に登場したのは1966年で、私も生まれていないのですが、1997年に愛らしい昔の怪獣として知られた(少なくとも私の周囲ではブームになった)という経緯があって「空に似ている」と思いました。それを現代の若者は知らないと考えた時に他のキャラクターも見つからず、調べていくとブースカは2012年にサンリオと円谷プロがタッグを組んで、「新しいブースカ」というキャラを生み出しており、9年前なら許容範囲だな…と、ブースカに似ているという設定はそのままにしました。

【修正を終えて】
長い年月を経て、エブリスタと出会い、短い作品から載せて来ましたが、本当に読んでいただきたかったのは、本作「左回りのリトル」から出発した「佐倉蒼葉の代表作(と勝手に思っている・笑)」でした。

私の、書き手としてのスタンスを決めたのは、本作になるかもしれません。拙いけれど、私の中で最も重要な位置にある作品の一つだと思っています。

私もまた、今回の作品のリメイクで、時を遡り、現在に帰ってきました。
佐倉として活動を再開して4年、何かがふっきれたような気がします。
またつまづくことも覚悟の上です。その時はきっと、失ったと思っていた私の力が、私をまた立ち上がらせるでしょう。何度でも。


Aug. 29. 2021 佐倉蒼葉




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