ホントの気持ち

 真っ青な空が足元に広がっていた。
 いい天気。
 ベランダの窓から差す日差しが素足を温めて、ぼんやりと、ただそう思った。
 足だけ外に出したまま、掛け布団を頭までひっぱり上げた。
 もうちょっと、こうしていたい気分。
 今日は大阪もこんなに晴れているんだろうか。
 ………雨よりは、晴れがいい。曇りよりも。
 うん、やっぱり晴れがいい。だって今日は………


 顎を上げて布団から顔を出す。ごろりと寝返って目覚まし時計を見た。午前十時半を少しまわったところ。予定のない日曜日なら、大抵こんな時間に起きるものだ。いつも通りの。
 どこかへ出かけたくなった。
 布団から起き出して服を選ぶ。こんなにいい天気なんだから、自転車で図書館へ行こう。それから少し遠くまで自転車を走らせてみよう。
 簡単に身支度を済ませてベランダに布団を干した。階下へ降りて、母に昼食は要らないと断り、そのまま玄関を出る。自転車を引いて門を抜け、明るい日が射すゆるい坂を滑り降りるように漕ぎだした。


 図書館で目当ての新刊を探す。一冊を確保して抱え、書架の間をゆっくりとまわった。
 背表紙のタイトルがふと目に留まる。
 いつか彼が好きだと言っていた作家の本だ。その時はそんなに興味を持てなかったけど、ずいぶん後になって書店で文庫を見つけて買った。背表紙を指で撫でる。
 最初はそんなふうだった。
 ただ、ちょっとばかり話の合うところのある、面白い人だと思っていた。
 どんな本が好きなのかとか、気にしたこともなかった。


 本を二冊借りて図書館を後にした。腕時計を見ると、ちょうど昼だ。何を食べようかな、と考えながら自転車を走らせる。日々に少しずつ冷たくなってゆくのが感じられた風も今日はなく、ぽかぽかと暖かい。古ぼけた自転車のペダルを踏むたびにギーコギーコと鳴る音でゆっくりとリズムを刻む。
 そういえば去年の今頃だった。やっぱりこんないい天気の日曜日。
 飯塚さんと中嶋さんの結婚式の日も、穏やかに晴れて暖かい日だった。
 披露宴の最後の花束贈呈に感動した泉ちゃんや森さんがぽろぽろ泣いていたっけ……
 私はただ祝福したい気持ちでいたけれど。
 初秋の風景の色が懐かしい気持ちを呼び起こして、そんなことを思い出した。


 パン屋でコロッケパンとハムサンドを買い、広い芝生のある公園へと自転車を走らせた。途中の自販機でペットボトルの紅茶も買った。ひとり、ひなたでランチの日曜日。
 駐輪場に自転車を停めて、公園の芝生にハンカチを広げて座った。一時少し前だ。
 もうすぐ………
 空を見上げた。
 大阪もこんなふうに晴れているのかな。


 もっと早く気が付いていたら、今は違っていたのだろうか。
 何度もそう考えた。
 今もそう思う。
 けれど今は……以前とは違った気持ちで。


 今頃、彼は大阪で、神の前で彼女と永遠の愛を誓い合っている。
 泣き虫の彼女のことだから、誓いの言葉も終わらないうちに涙ぐんでいるだろう。
 おかしさがこみあげて、くすっと笑った。


 もっと早く気が付いていたら。
 何度考えても、いろいろと考えても、やっぱり同じ答えにたどりつく。
 私ならきっと彼に気持ちを伝えていただろうと思うけれど。
 だけどやっぱり同じだったと思うのだ。
 だって知らなかった。
 彼女が私達の前に現れなかったら、彼の強さ、優しさ、愛情の深さを知ることはなかったのだから。知らなければ、彼に惹かれることはなかった。


 澤田さん。
 彼女をとても大切にしているあなたが好きでした。


 二人と心を通わせていた和泉さんが去ったのは、今日のためだったのだろう。
 いつかまた三人が逢える日が来るといい……そう思う。
 今日の日差しのような穏やかさで。


 心からそう思う。
 私も。
 今はただ祝福したいだけ。
 大阪の空もこんなふうに、真っ青に輝いているといいなと思う。
 今の私の気持ちを映して二人の上に広がるように。


 ぽかぽかと暖かくて頬が火照ってきた。
 紅茶を一口飲んで、サンドイッチをぱくんと食べた。
 もぐもぐ噛んでいる間にふと思いついて、ひとりごと。


「…澤田由加か。字面は今ひとつかなあ」

 2000.12.28

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この作品はinsideカウント444・500記念に月島さくらさんに差し上げました